どうやら人に言わせると
僕は記憶力がいいらしい(笑)
3分前のペンの場所もわからないのに
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で、考えてみたんですよ。
「記憶力がいい」と思われている理由
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すると「連想記憶のことなんだな」
と思ったのです。今日はそんな
連想記憶の鍛え方のお話です。
記憶力いいよね
昔から、何か発言をしている最中に別のことを思いついてしまうクセがある。例えば、昨日の晩御飯の話をしているのに、今日街で見かけた緑のバッグの話が出てくると言う風にだ。
そんな風に、話があっちにいったりこっちに行ったりするから、
で、結局何が言いたいの?
と言われる。これ、会社組織だと大体上司をイラつかせるダメ社員の傾向となっている。
細かいところはいいから、結論から話せ!
なんてことを言われ続けていると、「集中できない私」「整理できない私」は頭が悪いのかな?と本気で迷ってしまう。おそらく、同じ思いをしたことがある人いっぱいいるんじゃないだろうか?
実は、この傾向がある人は実は「発散思考」と言って、1から10を紡ぎ出すのが得意な人。いわばアイデアマンなのだ。でも、おうおうにしてこういう人は、会社や組織からの評価はあまり高くないんですよね。
その本読みたいです!
なぜなら「いわゆる話が脱線するというヤツ」なので、いわゆるビジネスの鉄則「結論から話せ」と言われると、どうにも話せなくなってしまうのです。しかし、そんな傾向を持つ僕も、この傾向が自分の中で大きく変わった時期がありました。
それが、本を読むようになったこと。
すると、目の前の人が話していること、悩みの原因になっていることなどが、自分の読んだ本に書いてあった一節のフレーズに着地できるようになりました。
その抱えている問題、この本で解決できますよ
その本読みたいです!
本を読まない人には、その話を噛み砕いてするんですが、ある程度読める人には本を紹介するようになりました。だって、その方がまとまっているから😂😂😂
なんと、話が脱線した後で…
そして、本を読むことで、もう一つの利点がありました。ワーキングメモリとよばれる(脳の一時記憶回路)が広がったんでしょうね。すると「なんと言うことでしょう!」(劇的!ビフォーアフター😂)
脱線した後で、
本線に戻ってこれるようになりました(笑)
これはビックリでした。脱線しなくなるのではなく、脱線した後で本線に戻れる(笑)多くの人は脱線しないように脳の構造を変えようとするんですが、実際に話を聞いてもらえるようになったのはその逆でした。
そうすると、その脱線は脱線じゃなくなるんですね。ドラマや映画、小説で言えば「伏線を回収する」ってことです。このインパクトのある伏線回収は、感情を揺さぶりますから、「連想記憶のための記憶の足場」になります。
連想記憶の足場
実は、記憶というのはそれ単体で存在するのは難しいものです。
例えば「あなたの自宅の場所」という記憶を再現してみることにしましょう。あなたの自宅の場所はどこですか?ただし、あなたの自宅以外のものを使ってそれを説明してはいけません。
どうでしょうか、説明できますか?
えっと~、目印としては○○ビルの隣だから~。というのはもちろんNGです。あなたの自宅以外のものを使ってそれを説明してはいけません。
それじゃぁ、と 北緯37.91968132253835, 東経139.04619299324338 と答えたりするかもしれませんが、これだとよくわからないですし、地球を基準にした相対位置での説明になるので、結局ほかのものを使用して説明していることに変わりありません。
どうでしょうか?こんな単純なことを思い出したり、説明したりするだけでも、私たちは少なからず連想記憶を使用しているのです。
そして、記憶の核心(この場合、自宅の場所)にたどり着くルートをたくさん知っていれば知っているほど、そこにたどり着きやすくなります。避難経路はたくさん確保しておくようなものですね。
実は、この記憶の足場は本を読むこと、特に「小説を読むこと」で磨かれます。
小説を読むと記憶の足場(連想記憶)が強化されるワケ
だいたい、人というのは自分の興味範囲の本を読みます。
ソフトウェア開発者を20年やっていましたが、その間読んだ本と言えば技術書ばかりでした。こういう本は、まとまった知識を得るためにはいいのですが、自分の興味範囲が広がりません。
ところが、小説を読むと主人公が興味を持ったことや、舞台となる場所、登場人物の心情に興味がうつります。
最近読んだ本では、作家喜多川泰さんの「おあとがよろしいようで」。この本では、とある大学に入ったばかりの学生がひょんなことから落語研究会に入り、人との関りや、人生の考え方を見つめ直していくというストーリーです。
この本の各章は、それぞれ落語の演目の名前になっています。
✅強情灸 ✅やかん ✅目黒のさんま ✅転宅
✅金明竹 ✅猫の皿 ✅抜け雀 ✅うなぎの幇間
✅茗荷宿 ✅文七元結 ✅子ほめ
でも、このほとんどが本編の中では話として出てこないんですね。ところが、登場人物たちがこの話を演じるとなれば、YouTube や Wikipedia なんかで、どういう話なのかを調べることになります。
そうすると、この本と落語の間につながりができることになります。そして、目黒とさんま、さんまと落語、やかんといったら、、、「やかん体操(昭和の人しかわからないかもしれない笑)」みたいな記憶同士が連携して記憶の足場を複雑に、そして密になるようにくみあげられていきます。
そして、思い出すときは、どれか一つの記憶に着火することができると、そこから芋づる式に記憶の糸をたどっていけます。今、この記事を聞きながら薄手のダウンジャケットを脱いでいたのですが、この動作、「落語家が噺(はなし)に入る合図の羽織を脱ぐ動作」ともシンクロします。
というように、一冊の本を契機に、いろんな記憶が網の目のように柔軟に強固になっていくのが分かるかと思います。
それは、指数関数的に広がっていきます。2冊読んだ後の世界は2倍ではなく、4倍。3冊読んだ後の世界は3倍ではなく、8倍だったりします。さて、1年200冊を読む人の頭の中は年間5冊も読まない人と比べてどのくらい発想力に違いが出るでしょうか?想像に難くありませんね。
まとめ
本日は、手前みそではありますが「記憶力がいい」という言葉の正体として、連想記憶を日常生活に活かせていること、というお話でした。他にも秘密はたくさんあるのですが、社会に出た後は「記憶力がいい」というのは、その記憶を会話の中に活かせていることが大切なのだと感じます。決して、試験のための公式を覚えていることではないように思います。
そんな中、もし以前の僕のように「お前何言ってんのか分かんねぇよ」とか「結論から話して」といわれて、「あぁ、私はどうして頭の中整理できてないんだろう」「頭悪いのかな私?」と落ち込んでいる人がいるとしたら、まずは大丈夫!と伝えたいです。
そして、それはすごすぎる発散思考のたまものなので、その思考力を「集中思考」に変えるのではなく「発散思考のまま」活かす方法を模索したほうが精神衛生上も健全です。
「発散思考の人」が目指すのは「集中力を鍛えること」じゃない!
「発散しても元に戻れる」ことを鍛えましょうㅤㅤ
僕がインストラクターを務める楽読 新潟鴨頭スクールでは「本と仲良く」することで人生と未来を切り拓くお手伝いをしています。
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同じように「私って頭悪いんじゃないか?」と悩んでいる人にオススメしたい学びです。気になる人はぜひ、行動を起こしてくださいね。
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